わがストリートファイターズがどこよりも早く乗り込んで、様々な才能を発掘、紹介した沖縄県・石垣島。
番組スタッフは、さらなる才能との出会いを求めて、緊急調査を開始。
その結果、浮かび上がってきたのが、本州の最北端・青森県である。
そこには、なんと熱い熱いパンクスピリットが渦巻いているという。
我々は「青森パンク」の実状と、そのルーツを探る旅に出た。
すでに海開きを迎えていた石垣島に比べ、3月の青森はまだ肌寒い。
青森の文化的ルーツを探るべく、我々は、まず「青森県立郷土館」に足を運んだ。
石垣島の三線がそうだったように、現代のカルチャーシーンには
、その土地に根付いた文化の歴史が
必ず影響を与えているからである。
7日間にも渡って歌い踊り続ける「ねぶた祭り」。見れば、青森の人たちの熱いエネルギーは一目瞭然だ!
それでは、津軽三味線はどんなルーツを持っているのだろうか?
我々は専門家の元を訪ねてみることにした。
弘前市にある文芸食堂「大條(だいじょう)」。
ここに津軽三味線の歴史を研究する大條和雄さんがいた。
その三味線を独自の文化に進化させたのが、津軽出身の「仁太坊(にたぼう)」という男だった。
食いぶちを稼ぐために自らの芸を披露する…。
津軽三味線はまさにストリートパフォーマンスによって、進化してきた楽器だといえるかもしれない。
我々が次に足を運んだのは「青森県近代文学館」。
ここには青森県が生んだ様々な文学者の業績が展示されている。
まず目に飛び込んできたのは、
「人間失格」で有名な太宰治。
そして、ジャンルを越えて活動したクリエイター「寺山修司」。
中でも様々な分野に影響を及ぼした寺山修司は、まさに青森を代表する表現者だ。
革新的なアイデアで常に日常を破壊しようとした寺山修司。
そこにはパンクに通じる精神が感じられる。
では、現代の青森県人は
そのパンクな遺伝子を受け継いでいるのか?
我々は市内のCDショップに飛び込んだ!
すると、店内のBGMにはパンクが流れている!
それは地元で活動するパンクバンド「マニ☆ラバ」の曲だった。
彼らはなんとあの浜崎あゆみに次いで、売上げ第2位にチャートインする地元の人気バンドなのだ!
ついにこの日がやってきた!
N.U.1,000人ライブ!
果たしてその結果は!?
ギターを背負ったこの2人!
庭瀬幸一郎、宇田晋也。2000年1月、月収40万円の生活を捨て、波乱の音楽人生スタートさせた!
横浜の伊勢崎町を拠点にストリートを始めた2人は、その他にもイベントやライブと勢力的な活動を展開!
関西人特有のノリの良さ、そして何よりその楽曲の良さで、固定ファンを地道に増やし続けていった!
そんな熱き思いと共に2人が挑むのは、
観客動員数1,000人のホールワンマンライブ!!
無謀とも思えるその挑戦に向かって、2人は、ほぼ毎日のストリート活動を展開!
多くのファンの支持を着実に増やし始める!
さらに2人は、ストリートの合間を縫って
地元元町商店街でライブのチラシ配りを行う!
今回、彼らのライブを支えてくれるスタッフとして、ボランティア団体・アークシップのみなさんが参加してくれた!
今回の1,000人ライブは、とにかく大勢の人達の協力により成り立っているんだ!
そして、ライブの終了後には、星空の下でのアンコールとなった…。
今回のライブの成功は、ここにいる全ての人達が体感している事だろう…。
NUワンマンライブ、入場者数、738名…。